第三十七回 四大学応援団 チャリティーショー

クローバーの集い

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私たち四大學應援團の紹介をします!

學習院大學應援團   

 我々學習院大學應援團は昭和28年、敗戦の反動を憂う、宇留島・秋山両氏の指導の下、学生の和を図り、学習院のリーダーたるべく空手部より志を同じくする者が集まり結成された。そして昭和33年秋リーグで野球部を東都リーグ1部優勝と導いた。その後、野球部は2部に落ち、応援団の活動が地味になりがちだった頃、小牧氏がはじめた早朝学内清掃は、今にいったても続けられており、その愛好心を受け継いでいる。昭和56年には渡辺氏によりチアリーダー部が設置され、さらに平成元年には、山梨氏により吹奏学部が設置され、初めて3部構成をとることができ、現在に至っている。




成蹊大學應援指導部   

 大学スポーツが盛んになり應援團の必要性が感じられる様になった昭和40年頃、我が部は創設され、以来、四大学運動競技大会及び各部の應援活動を行ってきた。 また第1回「クローバーの集い」開催以来、四大學應援團の交流も深まり、四大学の発展に寄与している。  昭和58年にはチアリーダー部が創設され、年々華々しい成績を収めると共に我々成蹊大學應援指導部の活動も広がりをみせている。




武藏大學應援團(リーダー部・チアリーダー部)   

 昭和30年代、四大学運動競技大会は、当時の愛好心に燃え上がる学生の間で、特に盛り上がりを見せ、試合の声援、対戦相手とのエール交換、武藏大學讃歌斉唱を司る役目として、応援団の必要性が高まった。そこで、鳥居氏、牧氏を中心とした体育連合会本部で、血気盛んな学生を募り、新たな団旗の下、武藏大學應援團が結成された。以後、応援団冬の時代を迎え、存続の危機に陥りながらも、団員相互の決断力により切り抜けられた。昭和62年には、新たにチアリーダー部も創立され、武藏大學應援團のバンカラな気風に鮮やかさという一面も持ち合わせることになった。




成城大學應援團(リーダー部・チアリーダー部)   

  我々成城大學應援團は昭和39年、吉田氏の下再建。同年、早川氏らを中心としてバトントワラー部が結成された。翌40年には第1回チャリティーショー「クローバーの集い」を幹事校として開催し、四大學應援團として活動も始まった。昭和63年には堀野氏の指導のもと、チアリーダー部が創立され現在に至る。各種競技応援の他、チアリーダー部はチアリーディング選手大会の出場など、その範囲は広がりを見せている。
 より一層の成城大學應援團発展のため我々は一致団結日々努力を重ね続けている。

 
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